2018 旭硝子財団 助成研究発表会 要旨集
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開発の危機に晒される相模湾沿岸域に生息する動植物の生物目録作成 東京経済大学 経済学部 准教授 大久保 奈弥 1. 神奈川県藤沢市から三浦市に至るまでの海岸一帯は、明治時代にエドワード・モースが日本で初めて臨海実験所を設立した藤沢市の江の島や、歴史的遺産である鎌倉市の和賀江島などを含み、水産資源をはじめとした様々な動植物を有する貴重な生態系の集まりである。しかし、2020年のオリンピック・パラリンピックセーリング競技の開催や、三浦半島魅力最大化プロジェクトという大規模開発が計画されており、それに伴う漁港の開発や防波堤の設置が計画されている。もし、これらの沿岸開発が実際に始まれば、工事による堆積物の流入や防波堤の設置による海流の変化により、この海域一帯の砂浜海岸は大きく浸食され、様々な生き物が減少する可能性が大変高い。そこで、大規模開発が始まる前に、これらの貴重な生物群を網羅的に調査し、その種目録および分布図を作成する。調査海域の中には開発に脅かされる海岸が含まれており、ステークホルダーの種類も多く、当該海域の動植物の採取に対しても様々な障害がある。そこで、本研究活動を上記の海域で行う際には、住民や漁協の信頼が厚い地元の市民科学者達と共にデータの採取を行うこととする。生物目録を完成させることが出来れば、生物多様性保全という面での貢献はもちろん、調査のデータを用いて保全意識を喚起する活動や今後の政策提言にも大きく寄与することができる。 2. 2017年度は、鎌倉市材木座にある和賀江島と稲村ガ崎の磯および江ノ島の砂浜に生息する生き物の調査を行った。また、逗子市小坪大崎においては、念願であった漁協からの調査許可が下りたので、漁港の前面海域に生息するサンゴイソギンチャクの分布状況調査を実施した. まず、和賀江島の調査範囲の全域では169種を確認することができたので、前年度の潜水調査データと合わせて、今年度中に論文化する。和賀江島南側の岩礁には少なくとも1ヘクタール以上のアラメ群落が形成されており、群落内にはサザエやアワビ類、ムラサキウニなどの磯根資源が多数生息していた。飯島岬(飯島ノ鼻)南西の浅所ではイソモクやオオバモクなどのホンダワラ類が繁茂しており、ベラ類やメバル、クジメなど、根魚の生息場となっていた。 一方、稲村ガ崎の磯は、東日本大震災により地盤沈下して、磯が出なくなったせいか、歩いて観察できる範囲の岩盤の磯では、生物の数が少なく、底生動物18種しか観察できなかった。そして、江ノ島の砂浜では、底生動物21種であった。磯のなくなってしまった稲村ガ崎と江ノ島の砂浜に生息する生物の調査については、どうしたらより良いデータがとれるのかを再考し改善したい。 小坪大崎(図1)の調査では、潜水調査によりサンゴイソギンチャクの生息範囲を測定し,周りの生物の構成種や分布状況も記録した。GPS受信機により群落の形状も把握した(図2).そして、同群集内から種同定用の証拠標本としてサンゴイソギンチャク5個体を採集し,写真撮影後,DNA解析用の組織サンプルとして各個体からそれぞれ触手3本を99 %エタノールで保存した. 調査によって採集された標本および撮影された生態写真に基づき,形態形質を精査した結果,当該イソギンチャク群集を構成する種をサンゴイソギンチャクEntacmaea quadricolor (Leuckart in Rüppell & Leuckart, 1828)と同定した(図3).これらのサンゴイソギンチャク群集は水深3 m前後のフラットな岩盤を中心に成育しており,岸と並行方向に約42 m,岸と垂直 -186-発表番号 88 〔中間発表〕

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