2017 旭硝子財団 助成研究発表会 要旨集
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原子間力顕微鏡による単一原子の化学識別 東京大学大学院新領域創成科学研究科 准教授 杉本 宜昭 1. 研究の目的と背景 我々の生活は、様々な材料や分子の合成によって支えられている。限りある資源を有効活用し、環境への負荷を減らすために、デバイス作製や化学合成をできるだけ少数段のプロセスで、高いエネルギー効率で、生成物に関わらない余分な原子をできるだけ使わないようにすることが求められている。このような背景により、現在は単一原子・分子レベルでの分析手法が必要とされる時代となっている。 全ての物質は原子から構成されており、その性質や機能は、構成元素(組成)とその並び(構造)で決定される。したがって、1個1個の原子を‘視て’、それらがどの元素であるのかを同定することができるようになれば、半導体工学、触媒化学などの様々な分野において、究極的な分析手法となる。例えば、半導体中の不純物原子の同定や触媒反応場での反応生成物の同定などを通して、より効率的な物質合成を行うための指針を得ることができる。 単一原子の元素同定が、期待される技術として、走査型プローブ顕微鏡(Scanning Probe Microscopy: SPM)がある。これは、図1に示すように、鋭い針を表面上でスキャンさせて、針先との相互作用により、表面の個々の原子を画像化する顕微鏡である。この顕微鏡は、発明に対するノーベル物理学賞が1986年に与えられて以来、単原子レベルでの物性測定、単原子操作など、ナノテクノロジーの中心的役割を担ってきた。 2007年、我々は、共有結合力測定に基づく元素同定法を提案した[1]。これは、規則正しく整列した半導体表面に対して成功をおさめている。しかし、この手法は同定できる元素が限られおり、分子を構成する原子も含めた、様々な原子を元素同定する手法の開発が、今も非常にチャレンジングな課題として残されている。 そこで、本研究では、SPMの分野で最近発展が著しい原子間力顕微鏡(AFM)[2,3]を用いて、単一原子の元素同定を可能にする技術を開発することを目的とする。C,N,O等の有機分子を構成する重要な元素を含む、様々な原子を同定することを目指す。そして、その技術を使い、触媒のモデル系となる表面上で、様々な金属原子や吸着分子を同定するなど、応用研究を行い、個々の原子の元素同定という究極の技術の有用性を実証する。 2. 研究内容 室温において、新しい元素同定法を提案して実証することができた。AFM を使えば、探針先端の1 つの原子と表面の1 つの原子との間の1 対1 の化学結合エネルギーを精密に測定できる。高分解能かつ高感度なAFM により、探針先端の原子と表面に吸着した様々なターゲット原子との間の化学結合エネルギーの測定を行った(図2)。具体的には、測定対象の原子をSi(111)表面に吸着させ、その原子とAFM の探針先端のSi 原子との間の化学結合エネルギーを系統的に測定した。例として、Si 原子上とO 原子上とで測定した化学結合エネルギーを図3 に示す。表面の参照用Si 原子の化学結合エネルギーと比較することによって、化学結合に含まれるイオン性の成分をPauling の理論[4]に基づいて抽出した。それによって、Si,Ge,Sn,O,Al など電気陰性度が異なる元素も含めて、幅広い元素を同定することに成功した[5]。 3. 今後の展開 新しく提案された元素同定法は、先進的である。従来の元素同定法では、炭素、酸素、窒素といった原子種を識別することはできなかった。本研究では、元素による 図1 原子間力顕微鏡の模式図 カンチレバーに取り付けられた探針先端の原子と観察対象の原子との間に働く相互作用力を検出することによって、個々の原子を観察・分析する。 −86−発表番号 42〔中間発表〕

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