2017 旭硝子財団 助成研究発表会 要旨集
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ってしまったのだろうか?我々が採用した遺伝子ネットワークによると、仮にNotchがゴマシオ状に活性化していたとしても、EGFの拡散効果によってゴマシオパターンが中和され形成しにくくなることが考えられた(図1d)。そこで、コンピューターシミュレーションにおいてEGFの産生量を減少させたところ、波の進行過程においてゴマシオパターンが生じることがわかった(図2b)。このことからEGFがゴマシオパターン形成を制御していると考えることができるが、これはあくまでもシミュレーションの結果であって、実際にEGFがそのような効果を持っているかどうかはわからない。 そこで、我々は分子遺伝学的手法を用いてシミュレーションと同じことがハエの脳においても生じるか確かめる実験を行った。EGFシグナルは波の伝播にとって必須なので、EGFシグナル伝達の構成因子の変異体では波が完全に消失してしまう。ここではRNAiによってEGFシグナルを中程度に減弱させた。コントロールである正常型の脳では神経幹細胞の分化パターン・Notchシグナルの活性の両者が均一に見られるが(図2c)、EGFシグナルを減弱させた脳ではどちらもゴマシオ状のパターンを示した(図2d)。さらに興味深いことに、シミュレーションと同様、実際の脳においても神経幹細胞の分化パターンとNotchシグナルの活性パターンは互いに相補的になっていた(図2b, d)。 正常型ANANL'scGFPL'scGFPA: 神経幹細胞  N: Notchの活性L'sc: 形成過程の神経幹細胞 GFP: Notchの活性EGF産生量減少シミュレーション実験EGF産生量を低下させるとゴマシオパターンがあらわれるa.b.c.d. 図2実験結果 これらの実験から、「分化の波」にはNotchシグナルによる側方抑制のメカニズムが確かに組み込まれていること、側方抑制によるゴマシオパターンはEGFの拡散効果によってキャンセルされていることがわかった。この系においてはNotchの側方抑制が波の進行速度を抑制する役割に変化していると言える。このように、数理モデルと分子遺伝学的手法を組み合わせることによって、今までは理解できなかったシグナル伝達系の複雑な働きを理解することができた。さらに、EGFの拡散効果を操作することで、神経幹細胞の分化パターンを操作することができるようになった。 3. 今後の展開(計画等があれば) 発生現象は内因性及び外因性の様々な生物学的ノイズの影響を受けるにも関わらず、驚くべき正確性でパターン形成が進行する。発生プログラムは高度なノイズ除去機能を内包していると考えられるが、これまでの実験生物学的アプローチではノイズの影響を定量することは難しく、ノイズ除去のメカニズムは未解明の点を多く残している。上記の数理モデルはノイズに弱く、未分化領域に微小なノイズを加えると、異所的な分化が生じる。従って、「分化の波」の進行において、ノイズを除去し方向性をもった規則正しい分化を保証するメカニズムの存在が示唆される。Jak/Statシグナルは波の進行を負に制御することが既に知られているが、この働きを数理モデルに組み込むと、ノイズによる異所的な分化を抑制する効果を示すことがこれまでに分かっている。このようなJak/Statによるノイズ除去機能が生体内においても存在するか検証を進める。 4. 参考文献 Notch-mediated lateral inhibition regulates proneural wave propagation when combined with EGF-mediated reaction diffusion. Sato, M., Yasugi, T., Minami, Y., Miura, T. and Nagayama, M. Proceedings of the National Academy of Sciences 113, E5153-E5162 (2016). 5. 連絡先(掲載してよい場合、住所、電話番号、E-mailアドレス等) 〒920-8640 石川県金沢市宝町13-1金沢大学医学類B棟b44 Tel: 076-265-2843 E-mail: makotos@staff.kanazawa-u.ac.jp−81−

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