2017 旭硝子財団 助成研究発表会 要旨集
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数理科学と発生生物学の融合による「分化の波」の伝播機構の解明 金沢大学 新学術創成研究機構教授 佐藤純 1. 研究の目的と背景 生命現象は多様なシグナル伝達系によって制御されており、これらシグナル伝達系の働きを完全に理解できれば、シグナルの働きを人工的に制御することによって生物の発生過程を自由に操作することができる。しかし、複数のシグナル系が互いにフィードバックしている場合、その挙動を直感的に理解することは非常に困難である。そのような場合、個々のシグナルの働きを数理モデル化して定量的な理解を目指す数理科学的アプローチが必要不可欠となる。本研究ではショウジョウバエの脳の形成過程において見られる「分化の波」をモデルとし、a)数理科学的アプローチによって複数のシグナルの挙動をシステムとして理解する。さらに数理モデルによる予測をもとに、b)遺伝学的手法によってシグナルの働きを操作し、分化パターンを人工的に制御することを目指す。 2. 研究内容(実験、結果と考察) ショウジョウバエ脳の形成過程において、未分化な上皮細胞が一列ずつ順番に神経幹細胞に分化する「分化の波(proneural wave)」と呼ばれる現象が知られている。この過程においてEGFシグナルが波の進行を正に、またNotchシグナルが波の進行を負に制御することがしられていた(図1a)。EGFは拡散性の作用を及ぼすが、Notchは一般的に側方抑制と呼ばれる作用によってゴマシオ状の分化パターンを形成する(図1b, c)。しかし、実際にはそのようなゴマシオ状の分化パターンは見られない(図1a)。Notchによる側方抑制は進化的に保存されており、どのような生物の発生過程においても見られるため、ハエの脳の形成過程においてNotchの側方抑制が生じていないということは非常に考えにくい。「分化の波」の進行過程においてNotchは側方抑制を起こしているのだろうか?もしそうだとしたら何故ゴマシオパターンが形成されないのだろうか?そして、Notchはどのようにして波の進行速度を負に制御するという働きを実現しているのだろうか? 図1模式図 この問題を解決するため、我々は既知の遺伝子ネットワークをもとに「分化の波」の数理モデルを定式化した(図1d)。このモデルを用いて正常な脳における波の伝播のみならずEGFやNotchなど様々な変異体における波の伝播パターンも正確に再現することができた(図2a)。この場合、生体内と同様ゴマシオパターンは見られないのだが、では一体ゴマシオパターンは一体どうな−80−発表番号 39〔中間発表〕

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