2017 旭硝子財団 助成研究発表会 要旨集
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内生糸状菌とアブラナ科植物の相互作用を利用した貧栄養環境での植物生産技術の創出奈良先端科学技術大学院大学バイオサイエンス研究科准教授 西條雄介 1. 研究の目的と背景 さらなる人口増に備えて,作物生産を安定的・持続的に高めることは世界的に喫緊の課題である.そのためには,既存の農地に加えて栽培不適地における植物生産の向上が必要となっている.本研究は内生微生物(植物の組織内に病気を起こさずに棲息する)の力を借りて,植物生産の律速要因となっている栄養不良条件や病原菌存在下での植物の生育を改善する新しい作物生産技術の開発を目指す.モデル植物シロイヌナズナを利用して内生微生物との共生基盤について基礎的・普遍的な知見を得るとともに,関連知見が乏しいアブラナ科作物に適用できる有用内生糸状菌の同定を進めて,その利用法の開発に向けて先鞭をつけたい. 2. 研究内容(実験、結果と考察) 野外圃場で特に顕著な病兆なく育てたダイコンの葉や根を表面殺菌してPDA 無菌培地で培養することで,植物組織内部に共棲する糸状菌を116 種類(コロニーの形状比較による)単離した.それらから胞子を採取して,糖,リン,窒素,鉄などの栄養素を欠く滅菌培地で,菌接種によるシロイヌナズナ幼植物の成長促進効果を検証した.その結果,シロイヌナズナに感染して成長促進効果を示す炭疽病菌Colletotrichum 属の新種と思われる菌株を数種類単離した.その中で,Colletotrichum gloeosporioides の内生型菌株(CgE)と,CgE と極めて近縁でありながら成長阻害(病兆)を示す病原型菌種(CgP)に着目して詳細な解析を行った.CgE の植物成長促進効果はリン欠乏条件では見られず,リン十分条件で見られた.すなわち,リン欠乏条件における植物成長促進菌として昨年報告されたC. tofieldiae(Ct)以外にも[1],シロイヌナズナは環境条件次第で他の糸状菌と共生関係を結ぶことが示唆された.CgE とCgP の両菌は,病兆を示さない同一植物から単離されたことに留意し,シロイヌナズナに対して共接種実験を行ったところ,興味深いことにCgE はCgP の病原性を抑制することがわかった.カルチャー条件(植物無し)では,CgE はCgP のコロニー形成を阻害しなかったことから,CgE によるCgP の感染抑制は菌同士の直接的な拮抗作用ではなく,CgE が植物免疫を刺激してCgP の感染や病原性の発現を抑制している可能性が考えられた.そこで,植物免疫において重要な役割を果たすことが知られているサリチル酸,ジャスモン酸,エチレンやトリプトファン由来の二次代謝物(カマレキシンやインドールグルコシノレートなどの抗菌性物質を含む)を欠損する変異体で調べた結果,CgE によるCgP の感染抑制には宿主植物のエチレン並びにトリプトファン由来の二次代謝物が必要であることが示された(図1).以上の結果から,極めて近縁な糸状菌株でありながら病原菌と植物成長促進機能をもつ内生菌に分かれた菌株を単離し,将来の詳細な比較機能解析を可能にする素地を確立することができた.現在,解析を進めているゲノム情報やトランスクリプトーム情報を元に,両菌の感染戦略並びに宿主植物への影響の分子基盤に迫りたい.また,内生微生物の感染が病原菌の感染を許しても病原性の発現を抑制につながることが示され,自然界や圃場で病原菌の感染をある程度は許容しながらも深刻な病害の発生を植物が回避・抑制しているメカニズムの一端に迫ることができたと考えている.今回のケースでは,病原菌株に極めて近縁な内生菌株に病原性抑制効果が顕著に見られたことから,両者のゲノム配列やトランスクリプトームの比較解析からその分子基盤に迫っていくことが有効かつ比較的容易であると期待される.現在,ゲノムシークエンス解析並びにRNA-seq 解析の結果を受けてデータ解析を進めており,重要な知見が得られると考えている.宿主植物の免疫システム(エチレン並びにトリプトファン由来の二次代謝抗菌性物質)に依存することも明らかになり,宿主植物によるCgE の存在の認識(もしくはCgE からの能動的な作用)が植物免疫を刺激してCgP の病原性発現に抑制的に働いていることが示唆された.また,CgE による病原菌抑制効果は,極めて近縁なCgP に限らず,同属糸状菌のColletotrichum incanum に対しても見られた.今後は根に感染する同−72−発表番号 35〔中間発表〕

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