2017 旭硝子財団 助成研究発表会 要旨集
77/223

3) 次世代シークエンサーを用いたトランスクリプトーム解析により、ヨシノボリの脳内因子を多数同定した。これらの因子について網羅的にin situ hybridizationを行った結果、エストロゲン受容体α(ERα)の分布パターンが求愛行動特異的に活動する脳領域と一致した(図3)。 図3求愛で活動した脳領域と脳内因子の分布の比較齧歯類では、ERα陽性神経細胞が求愛と攻撃の両方の行動に関わる(Lee et al., 2014)。ヨシノボリでも、識別に伴う求愛と攻撃の行動選択の過程で、ERα陽性神経細胞が重要な役割を果たしている可能性が示唆される。 以上の結果から、ヨシノボリの雄は視覚情報に基づいてなわばりに入った個体を知覚し、基本的には威嚇攻撃によって追い払うが、同種かつ卵熟した雌の鍵刺激が入力すると、ERα陽性神経細胞の活動などを通じて求愛行動にスイッチが切り替わると考えられた(図4)。このように本研究から、ヨシノボリ属における生殖前隔離の神経基盤の一端を明らかにすることができた。 図4 本研究のまとめ 3. 今後の展開(計画等があれば) 脳アトラスの作成から、Dcの中にVdとDdmg由来の神経細胞からなる巨大な神経核の存在が明らかになった。このような巨大な神経核は、他の魚類には見られない、ハゼ科に特有の構造である。このような特殊な構造が、ヨシノボリの生殖前隔離に影響を与えているのか、調査していく必要がある。これまでに、求愛と攻撃の両方で、この神経核での活動が確認されている。しかし、特定の脳内因子を発現する神経細胞のレベルで、行動に伴う神経活動を調べたわけではない。今後、この神経核で発現する脳内因子とc-fosの二重in situ hybridizationを行い、求愛と攻撃で神経核の活動に違いがあるか、明らかにしていきたい。また本研究から、ERα陽性神経細胞が求愛行動と強く結びついていることが示唆されたので、ERの阻害剤を雄の脳内に投与し、雌に対する反応性に変化が起こるか観察していきたい。これらの組織・薬理学的解析と行動生態学的な解析を組み合わせて、ヨシノボリの雄が識別に伴って求愛と攻撃の行動選択を実行するための神経回路の全容解明を目指したい。 また本研究の結果、人為的な水温操作でヨシノボリの繁殖サイクルを調節できることがわかった。これまで、繁殖期の河川からヨシノボリを捕獲していたため、河川内での自然交配への負荷が大きかった。しかし、繁殖期が終わって次世代個体が孵化した後に成体を捕獲することで、環境負荷を可能な限り小さくできる。また、実験室内で孵化させた個体を生育し、人工的に繁殖期を惹起できれば、これまでより多くの個体を用いた実験が可能になるであろう。本助成により、冷却装置を搭載した大型水槽を設置でき、今後の研究を進めていく上で非常に有用な一歩を進められた。今後、より効率的に、より環境に配慮した行動生態学的な研究を進めていきたい。 4. 参考文献 ・Carlson et al. (2011) Brain evolution triggers increased diversification of electric fishes. Science 332, 583-586. ・Lee et al. (2014) Scalable control of mounting and attack by Esr1+ neurons in the ventromedial hypothalamus. Nature 509, 627-632. ・Mizuno et al. (1979) Studies on a freshwater fish, Rhinogobius brunneus (Gobiidae) IV. : Habitat segregation among sympatric populations of 4 colour types. Jap. J. Ecol. 29, 137-147. ・Yamasaki et al. (2015) Phylogeny, hybridization, and life history evolution of Rhinogobius gobies in Japan, inferred from multiple nuclear gene sequences. Mol. Phylogenet. Evol. 90, 20-33. 5. 連絡先 富山県富山市杉谷2630 富山大学 医薬イノベーションセンター 4階, 076-434-7207, kawa@med.u-toyama.ac.jp −67−

元のページ  ../index.html#77

このブックを見る