2017 旭硝子財団 助成研究発表会 要旨集
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シトクロムP450による光駆動型酸化反応を可能にする金属錯体連結疑似基質の開発 名古屋大学大学院理学研究科物質理学専攻 准教授 荘司 長三 1. 研究の目的と背景 シトクロムP450BM3(P450BM3)は,長鎖脂肪酸を水酸化する巨大菌由来のヘム酵素で,基質に対する選択制が高く長鎖脂肪酸以外の基質に対する酸化活性は著しく低い.我々は,長鎖脂肪酸に構造がよく似た「疑似基質」(デコイ分子)をP450BM3に取り込ませることにより,長鎖脂肪酸以外のガス状アルカンやベンゼンを水酸化できることを報告した(図1).デコイ分子として,脂肪酸のアルキル鎖のすべての水素原子をフッ素原子に置換したパーフルオロアルキルカルボン酸が機能することを明らかにしたが,さらなる活性の向上と光駆動型の酸化反応を可能とするために,本研究では,新規デコイ分子の設計と合成,ならびに,金属錯体を連結したデコイ分子による光駆動型酵素への変換を試みた. 図1 P450BM3による長鎖脂肪酸の水酸化反応(上)と疑似基質存在下でのエタンの水酸化反応(下) 2. 研究内容 (実験,結果と考察) P450BM3は,対象とする基質が活性部位に取り込まれることを「トリガー」として反応が進行する巧妙な仕掛けが施された酵素であるため,対象とする基質とは構造が大きく異なる有機分子では,P450BM3のスイッチは「ON」の状態とはならず,それらの酸化反応はほとんど進行しない.P450BM3のスイッチを「ON」の状態とするために,対象とする基質と構造が似た疑似基質(デコイ分子)をP450BM3に取り込ませることで,反応のスイッチを強制的に常に「ON」状態にすることができ,様々な基質の酸化が可能になる.長鎖脂肪酸の末端を含めたすべての水素原子がフッ素原子に置換されたパーフルオロアルキルカルボン酸をデコイ分子として取り込ませるとP450BM3が誤作動し,エタンやプロパンなどのガス状アルカンやベンゼンやトルエンなどの長鎖脂肪酸とは構造が大きく異なる基質を酸化できることを明らかにした.本研究では,酸化活性をさらに向上させることができる新規デコイ分子開発を行った.また,P450BM3は生成物と等モルの高価な還元剤のNADPHを消費するため,合成反応への利用は創薬中間体などの高付加価値物質の生産に限られる.そこで本研究では,デコイ分子に光誘起電子移動により活性中心のヘムに電子を供給することができる金属錯体を連結することにより,P450BM3の光駆動型酵素へ変換を試みた. 次世代疑似基質の開発とP450BM3によるガス状アルカンの水酸化反応: デコイ分子を用いる非対象基質の水酸化活性は,P450BM3本来の長鎖脂肪酸の水酸化活性と比較すると低く,P450BM3の高い触媒活性を十分に引き出すことはできていなかった.長鎖脂肪酸のカルボキシル基をグリシンで修飾するとP450BM3により強く結合し,より高効率に水酸化されることが報告されていた.そこで,パーフルオロアルキルカルボン酸のカルボキシル基をアミノ酸で修飾した第二世代のデコイ分子(図2)を設計・合成した.第二世代のデコイ分子では活性が大幅に向上し,パーフルオロノナン酸をロイシンで修飾したPFC9-L-Leuが最も高い酸化活性を示し,プロパンの水酸化は毎分256回転,エタンの水酸化は,毎分45回転で進行することを明らかにした.さらに,パーフルオロノナン酸をトリプトファンで修飾したPFC9-L-Trpを取り込んだ状態のP450BM3の結晶構造解析にも成功し,疑似基質の末端のパーフルオロアルキル鎖は,活性部位には届いていないことなどを明らかにした.また,修飾するアミノ酸の側鎖構造の違いにより,酸化活性が大きく−50−発表番号 25〔中間発表〕

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