2017 旭硝子財団 助成研究発表会 要旨集
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環境DNAを用いた絶滅危惧種イトウの遺伝的多様性・分布・生態系同時評価手法の開発 北海道大学大学院農学研究院 教授 荒木 仁志 1. 研究の目的と背景 第六次大量絶滅時代と呼ばれる現代において、希少種の分布や現状把握は急務となっている。しかし、対象生物の希少性が高ければ高いほど、その種の実態解明はおろか、その発見すら困難となる。これは野生生物保全の最初にして最大のボトルネックとなっており、おびただしい数の種が絶滅危惧へ、また人知れず絶滅へと向かっている理由の一つとなっている。では、彼らに触れることなく、また彼らを直接野外で発見することすらなく、その分布や生態に迫る方法はないだろうか。これが、本研究の挑戦課題である。 近年、この課題への挑戦に相応しい、「環境DNA」と呼ばれる最新鋭の技術開発が進められてきた。「環境DNA」とは、野生生物が生活する中でその周辺の環境に放出したDNAのことで、主に糞や体表細胞由来のDNAだと考えられている。DNAは遺伝物質で、種に特異的な性質を有するため、環境DNAを解析することで体毛や足跡同様、周辺に生息する「生物の痕跡」を感知することが出来る。しかも水圏生物の場合は水を収集する、という簡便なサンプリングでよいため、誰にでも良質なサンプルを効率よく採集し、分類に関する専門知識なしでも種の同定をすることが出来る。 本研究では、日本最大の淡水魚にして「幻の魚」と呼ばれるサケ科魚類、イトウを対象生物として、環境DNA技術を用いてその分布や野生生態に迫る。イトウはかつて、北海道をはじめ本州北部やサハリンに広く分布していたが、近年その分布は著しく減少し、IUCNレッドリストにおいては最も高い絶滅危機に瀕していることを示す、CRに分類されている。北海道の一部地域では今も繁殖個体の遡上が見られるが、その他多くの地域では既に野生絶滅の状態となっていると考えられている(Fukushima et al. 2011)。しかし、他の多くの希少種同様、イトウの生息に関する情報は著しく限定されており、網羅的で客観的な分布解析が必要とされている。 2. 研究内容 (実験、結果と考察) 環境DNAを用いた野生生物検出については2008年のウシガエルDNA検出をはじめとして両生類、魚類は基より哺乳類などにおいても既に技術開発が進められている。特に魚類に関しては我々自身が次世代シーケンサーを用いた環境DNA解析に供するユニバーサルプライマーの開発など、その進展に携わってきた(Miya et al. 2015)。 この技術的アドバンテージを活かすため、我々は飼育実験環境下でのイトウ生物量と環境DNA検出量との関係性を明らかにしつつ、北海道内河川からの採水・ろ過を広範囲に行い、イトウ自身のDNAは基より、生息域が重複する可能性の高い他種のDNA解析にも挑戦している。 いずれの場合も500ml-1000mlの水を採取し、ガラス製のメンブレンフィルターで環境DNAを捕捉した後、DNA抽出キットを用いた環境DNA抽出、および種特異的配列の増幅を行った。ただし定量を目的とする場合は本研究の為に研究室で独自に開発した「イトウのみでDNA増幅が起こるプライマー」を使用し、定量PCRと呼ばれる増幅装置でDNA量を推定した。一方、種を問わず網羅的な魚類相解析を実施する場合には「魚類であればほぼどのような種であってもDNAが増幅するユニバーサルなプライマー」を使用して増幅を行った後、増幅DNAの塩基配列を大量に並列解析できる次世代シーケンサーと呼ばれる装置を用いて解析をおこなった。 予備実験の結果、どちらの手法においてもイトウ飼育環境下ではイトウDNAの明確な増幅が見られた。特に定量実験においては、北海道立総合研究機構・さけます・内水面水産試験場の協力と研究室院生(D3)水本寛基氏の主導の下で当歳魚から二十歳以上にわたる様々な大きさのイトウの飼育実験を実施し、環境DNA検出量が体サイズは基より、飼育数とも明瞭な正の相関を持つことを示した(Mizumoto et al. in prep., 図1、2)。 一方、野外ではイトウの安定生息河川の位置する北海道北部・東部を中心に50地点以上での河川水採水を実施した。これは、当研究室で実施している様々な環境DNA解析用の採水地点の約1/5に相当する。詳細な採水地点と結果はここでは割愛するものの、イトウ生息が確認されている河川の殆どからは、少量ながらイトウ遡上期にあたる春サンプルにおいてイトウ由来のDNA検出に成功した。 −202−発表番号 96 〔中間発表〕
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