2017 旭硝子財団 助成研究発表会 要旨集
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アーティファクトを避けるには、試料に簡便な固定を加えたプロセスが有効である(図2)。図1の未固定法と比較すると前処理に費やす時間は長くなってしまうが、従来法より格段に短く、イオン液体との相性をあまり考える必要もなく自然な形態を観察できるため、そのメリットは大きい。 化学固定しなくても形態の維持が可能な試料ついては、図1のスキームで難なく観察することができる。その一例として花粉(図3)が挙げられ、鮮明にサブマイクロスケールの構造を捉えている4)。一方、固定を伴うイオン液体処理法で真価が発揮されるのは細胞の微細な構造を観察である5,6)。図4はRAW264細胞のエンドサイトーシスを観察したものであり、ポリマー粒子(ポリメタクリル酸でカバーされたポリスチレン粒子)ならびにシリカ粒子の結果を示す。形態が光顕像と酷似しているだけでなく、加速電圧の上昇とともに細胞内部に存在するポリマー粒子やシリカ粒子の姿が明瞭となり、それらの粒子がエンドサイトーシスによって取り込まれたものであることを示唆する結果が得られている。 これらの結果より、生物試料の形態変化の電子顕微鏡観察を迅速に行うための技術が完成したと言える。 3. 今後の展開 電子顕微鏡観察に適したイオン液体の探索については、日立ハイテクノロジーズ(株)との共同研究で進めて来た。その結果、図5に示すように電子顕微鏡用イオン液体を上市した。現在までにユーザー数は数百名に達しており、その大半が生物試料のSEM観察が目的である。この手法が広がる事により、環境変化の研究に貢献出来る事を願うばかりである。 4.参考文献 1) J.S. Wilkes, M.J. Zaworotko, J. Chem. Soc., Chem. Commun., 13 (1992) 965. 2) S. Kuwabata, A. Kongkanand, D. Oyamatsu, and T. Torimoto, Chem. Lett., 35 (2006) 1196. 3) T. Torimoto, T. Tsuda, K. Okazaki, and S. Kuwabata, Adv. Mater. 22, (2010) 1196. 4) T. Tsuda, N. Nemoto, K. Kawakami, E. Mochizuki, S. Kishida, T. Tajiri, T. Kushibiki, S. Kuwabata, ChemBioChem, 12 (2011) 2547. 5) Y. Ishigaki, Y. Nakamura, T. Takehara, T. Kurihara, H. Koga, T. Takegami, H. Nakagawa, N. Nemoto, N. Tomosugi, S. Kuwabata, S. Miyazawa, Microsc. Res. Techniq., 74: (2011) 1104. 6) F. Shima, K. Kawakami, T. Akagi, E. Mochizuki, T. Tsuda, S. Kuwabata, M. Akashi, Bull. Chem. Soc. Jpn., 86 (2013) 153. 5. 連絡先 E-mail: kuwabata@chem.eng.osaka-u.ac.jp (a)(b)(c)(d) 図3 未固定生物試料の処理法を行った花粉のSEM像。(a)プリムラ・ジュリアン、(b)アネモネ、(c)ノースポールギク、(d)スイートピー。 5 µmポリマーシリカ 図4 固定した生物試料の処理法を行った細胞のエンドサイトーシスを観察した例。左側がポリマー粒子で、右側がシリカ。 図5 電子顕微鏡用イオン液体。 −195−

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