2017 旭硝子財団 助成研究発表会 要旨集
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イオン液体を用いた環境変化による生体微視的形状変化の 迅速電子顕微鏡診断法の開発 大阪大学大学院工学研究科 教授 桑畑 進 1. 研究の目的と背景 電子顕微鏡は、電子線を用いるゆえ試料を真空チャンバに入れる必要がある。さらに試料は電子線照射によって帯電しないようにする事が必須。それゆえ、試料は完全に乾燥状態でなければならない。これは、特に環境リスクを可視化するのに不可欠な生体試料の観察では酷な条件である。それゆえ形状維持のため、化学固定、乾燥、染色、蒸着などの様々な手法が必要であるが、それぞれの操作は長時間を要する。かつ、それを行っても形状を完全に維持する事は極めて困難であり、場合によっては操作によって画像にアーティファクト(人為的に生じる偽構造)が出来てしまう。それゆえ、これらに変わる簡便で信頼性の高い前処理方法の出現が望まれている。そこで、蒸気圧がほとんど無いイオン液体を用いて、今までとは一線を画する試料の前処理法を開発し、完成させることが本研究の目的である。 イオン液体は常温で液体状態にある有機化合物の塩であり、1992年に最初のものが発見1)されてから、新規のものが次々と発明され続けており、種類が豊富になってきた。本発表者は、真空チャンバ中でも蒸発しないイオン液体を走査型および透過型電子顕微鏡(SEM, TEM)で観察した所、帯電せずに観察できることを世界に先駆けて発見した2,3)。そして、絶縁性試料にイオン液体を塗布・眼振させて電子顕微鏡観察を行うと、帯電せずにクリアに観察できることを見出した。これを生体試料に適応すれば、生物試料がイオン液体で濡れた状態で観察可能となり、化学固定、乾燥、染色、蒸着という操作無しに電子顕微鏡観察が行えるという考えに至った。 生物試料の電子顕微鏡観察に必須の操作が省略できる事は、試料の前処理時間を大幅に短縮できることになる。一方、家庭用電源でも使える卓上SEMが高性能化しているので、フィールドワークにSEMを持って行くことも可能であるが、他の装置の必要性や長時間と高い技術を要する前処理を行う限りは現実的では無い。イオン液体に依る前処理は、どこでも容易に生物試料を電子顕微鏡観察する事を可能とする。このことは、環境の計測における電子顕微鏡観察を特殊計測法から一般計測法へと身近にし得るものであり、その意義は極めて高い。 2. 研究内容 SEMによる無固定の試料の観察については、その初期段階から検討が行われており6,17)、知見やノウハウが豊富に蓄積されている。その試料作製スキームの一例を図1に示す。試料が比較的大きい、多孔質、複雑な表面形態を有するなどの場合には図1a、μmスケールの粒子状試料の場合には図1bの方法を用いるのが定石である。これらのスキームで必要となる時間は、通常1 ~ 10分程度とかなり短い。使用するイオン液体の純度が十分に高く、観察対象物が環境変化(pHや浸透圧など)に対して安定である場合には、イオン液体の種類によって像が大きく変化することはあまり無いが、細胞やアクアゲルなどの影響されやすいものについては、アーティファクトが生じる可能性があるため、その観察には十分に注意する必要がある。イオン液体処理する際に無固定試料のImmersing the specimen in IL aqueous or ethanolic solutionBlotting excessIL aq. solutionorBlowing off excess IL aq. by compressed airSEMConductive carbon tapeKimWipes®etc.10 ~ 600sec~ 30secSpecimen rinsed in PBSSupporting specimen by conductive carbon tapeIonic Liquid (IL) or its aqueous solutionFiltering excess IL solution60 ~ 300secMembrane filterSpecimens(a)(b)図1 未固定生物試料のSEM観察の為のイオン液体処理法。(a) 比較的大きい、複雑な表面形態を有する試料。(b) マイクロメートルスケールの粒子状試料に適したイオン液体処理法。 SEMIL aq. solution (~ 5.0 % (v/v))2 ~ 3 hrs~10 minGlutaraldehyde fixationVacuum dryingDecompression15 minConductive carbon tapeILCellCross-sectional view? Culture medium? FTO glassSpecimen rinsed in PBS図2生物試料の固定を伴うSEM観察の為のイオン液体処理法。 −194−発表番号 92 〔中間発表〕

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