2017 旭硝子財団 助成研究発表会 要旨集
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原発からの距離との間に負の相関が認められた。原発に近いほど内部被曝における抵抗性が高くなる傾向があったため、この抵抗性は初期被曝における突然変異後の自然選択を通して上昇したのではないかと考えられる。 一方、これまでに行った実験結果を総合し、比較的低線量の餌から比較的高線量の餌を用いた内部被曝実験の結果について統一的な数学モデルで記述することを試みた。その結果、物体の脆弱性による崩壊過程を近似するのによく用いられているワイブル関数、あるいは、べき関数で表すことができた[4]。このことは、一見バラバラに見える生物反応を統一的に理解する基盤を与えることになる。同時に、これまで得られてきたデータがおそらく正しいものであることを裏付けることにもなる。 AFLP解析を行った結果、遺伝的多様度と原発からの距離との間に相関を得ることはできなかった。しかしながら、遺伝的多様度と異常率との間に負の相関が得られた(図2)。つまり、異常率が高まると多様度が低下することがわかった。 図2. AFLPで得られた遺伝的多様性と異常率の散布図. このことを考慮すると、多くの形態異常の原因が放射線による突然変異であり、それらの突然変異を持つ個体が純化選択により淘汰されたのではないかと思われる。しかし、放射線による突然変異がランダムに入るのであれば、集団内の個体がランダムに淘汰されることになり、その場合は多様度が下がることはない。おそらく、ランダムに突然変異が起こっても、それらの突然変異の修復が効率的に起こる個体は比較的生き残ったと考えられる。もしかしたら、非常に低確率であるが、より生存を高める突然変異が起こり、正の選択が起こった可能性も否定できない。 3. 今後の展開 福島原発事故のレベルの影響は、昆虫はもちろん、その他の生物にもほとんどないと考えている研究者が多い。ただし、そのような見解は決して福島原発事故の汚染現場や汚染された生物に関する実験事実に基づくものではなく、多くは急性的な外部被曝実験から得られた結果の外挿である。しかしながら、今後は、これまでの一般的見解と今回の実験事実の相違の原因をより明確にしなければならない。AFLP解析についても、時系列サンプルの分析が必須であるが、未完である。今後も本研究を継続し、少しずつであるが、ヤマトシジミによって示された高感受性のメカニズムについて迫りたい。 最後に、本研究から得られた教訓を生かし、福島原発事故後の対策や、将来的に万が一類似の事故や核実験・核戦争が起こった場合の対策について、我々は考えておかねばならない[5]。 4. 参考文献 [1] Hiyama A, Nohara C, Kinjo S, Taira W, Gima S, Tanahara A, Otaki JM. (2012) The biological impacts of the Fukushima nuclear accident on the pale grass blue butterfly. Scientific Reports 2: 570. [2] Hiyama A, Taira W, Nohara C, Iwasaki M, Kinjo S, Iwata M, Otaki JM (2015) Spatiotemporal abnormality dynamics of the pale grass blue butterfly: three years of monitoring (2011-2013) after the Fukushima nuclear accident. BMC Evolutionary Biology 15: 15. [3] Nohara C, Hiyama A, Taira W, Otaki JM (2017) Robustness and radiation resistance of the pale grass blue butterfly from radioactively contaminated areas: a possible case of adaptive evolution. Journal of Heredity in press. [4] Taira W, Hiyama A, Nohara C, Sakauchi K, Otaki JM (2015) Ingestional and transgenerational effects of the Fukushima nuclear accident on the pale grass blue butterfly. Journal of Radiation Research 56: i2-i18. [5] Otaki JM (2016) Fukushima’s lessons from the blue butterfly: a risk assessment of the human living environment in the post-Fukushima era. Integrated Environmental Assessment and Management 12: 667-672. 5. 連絡先 〒903-0213 沖縄県西原町千原1番地 琉球大学理学部海洋自然科学科生物系 分子生理学BCPH Unit E-mailアドレス:otaki@sci.u-ryukyu.ac.jp −191−

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