2017 旭硝子財団 助成研究発表会 要旨集
200/223

チョウを用いた放射能汚染の生物学的影響の定量的評価 琉球大学理学部海洋自然科学科生物系 准教授 大瀧 丈二 1. 研究の目的と背景 2011年3月の福島第一原子力発電所の事故により、多量の放射性物質が環境に放出された。この放射能汚染は大規模な環境破壊であるが、そのような視点から論じられることは少なく、この事故の生物学的影響については本研究を開始した当初、ほぼまったく調べられていなかった。 我々は原発事故以前からヤマトシジミと呼ばれる小型のチョウに注目して研究を進めてきた。ヤマトシジミは日本では北海道を除くほぼすべての地域に分布している、きわめて分布域の広いチョウである。もちろん、関東・東北地方一帯にもみることができる。それと同時に、東京都心にも分布していることからわかるように、都会から里山まで、あらゆる人の生活領域と生活空間を同じくしている。事故直後からすぐにヤマトシジミを用いた環境調査を行った。これは野外調査、交配実験、形態観察、被曝実験などを含む一連の研究で、その初期の成果をScientific Reports 2: 570 [1]に発表したところ、世界中から大きな反響を得た。 そこで本研究では、放射能汚染による自然破壊の解決に向けて基盤的情報を提供することを目的としている。特に、低線量放射線による突然変異などの異常を検出することを目標としている。具体的には、野外調査と次世代飼育、AFLP解析等を用いた分子レベルの多様性調査、被曝実験、放射線耐性の検証実験を行い、全体としてヤマトシジミの受けた生物学的影響を定量的に評価する。 2. 研究内容 (実験、結果と考察) 2014年6月現在までに、野外調査3年分のデータを蓄積することができた[2]。2011年春から毎年2回、7地域(つくば、水戸、高萩、いわき、広野、福島、本宮)にてヤマトシジミを採集し、その形態異常率を求めた。親世代(野外採集個体)の形態異常を調べるだけでなく、次世代の幼虫から成虫に至るまでの死亡率と成虫の形態異常率を詳細に記録した。この方法により、野外個体採集におけるバイアスを検証するとともに、実際に現地においてどの程度の影響を受けているのかを定量することができる。この実験では、ほぼまったく汚染されていない沖縄の食草を飼育に用いているため、親世代から受け継いだ遺伝的な影響を子世代において検証することができるという利点がある。 野外採集の成虫の異常率の推移(図1、aAR(P))を見ると、2011年の秋にピークを迎え、その後、迅速に回復に向かっている。2013年には横ばい状態である。2014年、2015年に全国的に調査した結果、異常率は平均3%程度であったため、2013年秋の時点でも多少高めではあるが、ほぼ終息していると言えるだろう。 図1. 異常率の推移.親世代(野外採集個体、P)と子世代(F1)について、7地点3年分(6回分の調査)の異常率の推移。非汚染地域は示されていないが、常に10%以下であった。特に高汚染地域での2011年秋の異常率の上昇が著しい。 飼育した子世代の場合(図1、aAR(F1))、成虫の異常率はさらに上昇した。この世代は生まれてからは決して被曝していないことを考えると、生殖細胞の時期の初期被曝の影響が高い異常率の原因となっていると考えられる。さらに、幼虫・蛹・成虫の死亡率・異常率を含めた「全体異常率(図1、tAR(F1))」を見ると、さらに高くなっている。野外採集で活発に飛び回る成虫を採集するだけでは得られなかった情報が、ここで定量的に得られたことになる。 外部被曝実験では、外部被曝個体と非被曝個体との生存率の比から、各地域の放射線抵抗性を求めた[3]。原発からの距離および地面線量との明らかな相関は認められなかった。一方、内部被曝実験においては、抵抗性と −190−発表番号 90 〔中間発表〕

元のページ  ../index.html#200

このブックを見る