2017 旭硝子財団 助成研究発表会 要旨集
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アジア的な社会保障・福祉システムの数理モデル化とその比較:か国での私的な相互援助の実態に着目して 立命館大学産業社会学部准教授 江口友朗 研究の目的と背景日本を含むアジア諸国は,急激な高齢化社会に突入するため,それに対応した適切な社会保障・福祉政策を実施していく必要性がある。同時に,それら諸国では,欧米福祉国家と比較して相対的に十分な制度を構築しているとも言い難い。こうした文脈の下で本研究では,アジア諸国を対象に以下つの課題に取り組む:()まずは,従来の研究や統計では不明瞭な「私的な相互援助」(=主に異なる家計間で,自主的・自発的に行われる様な金銭のやりとり(,子→親,親戚→違う家の子)であり,従来は,非経済的だとみなされてきた人的ネットワークや人々の結びつき)の実態の有無とその経済的な規模・役割を検証しつつ,その背景としての各国社会システム固有の文化や慣習の特徴を析出する。()同時に,社会保障制度の発達状況,経済成長段階差等を加味し,私的な相互援助の位置づけ・比較する。()前述課題に基づき,「家計」を中心に「公的社会保障」,「私的な相互援助」,そして「市場」の項目の関係を社会保障システムモデルとして数理化・精緻化した形で示す。 仮説の設定(理論・実証の前提条件)()「インフォーマル」な制度分析として執筆者の専門である制度の経済理論では,経済を理解する上で「制度」を強調する。またこれを理解する上で,例えば,制度の経済理論の代表的論者の一人,新制度学派の(;)は,制度を,法律や政策などとして理解される「フォーマル」な制度と,社会慣習・行動規範・文化的遺産などとして把握されるような「インフォーマル」な制度とに区別している。しかしながら,制度の経済理論では,それが登場した年代~今日に至るまで,フォーマルな制度が社会経済システムに対していかなる影響を与えるのかという観点からの分析を中心に展開しており,インフォーマルな制度は、あくまでフォーマルな制度を基礎づけ,規定するモノとして語られている。それゆえ,インフォーマルな制度それ自体の経済的な機能や役割が,単独で分析され,個別に論じられる事例は皆無である。だが,このロジックは,例えば,途上国に代表される様なフォーマルな制度それ自体が未整備であるか未発達である様な状況を,フォーマルな制度の発展途上という観点からしか捉えられないがために,該当国を十分に精緻に論じることには限界も抱えているとも言わざるを得ない。なぜなら,フォーマルな制度がなき下で,人々はどの様に行動しているのかということや,市場やフォーマルな制度を介さずに把握されうる様な経済パフォーマンスについては説明しえないからである。 ()アジアの福祉分析として例えば,表は,地域研究分野でしばしば取り上げられる,アジア各国における社会保障の現状を,経済発展や人口規模の観点から類型化した代表的な研究成果であるが,この表からは,端的に言えば,経済成長を遂げるにつれて,公的社会保障制度が普遍化し充実することが,現実的に再確認できることを表しているにすぎない()。アジア福祉国家の類型論に加えて,各国の各種社会保障制度(,年金,医療,労働・雇用関係)の歴史的経緯や仔細の特徴も明らかにされつつあるが,その文脈では,アジアの福祉を理解する上では,公的制度以外の型での支援や相援助の状態に注目することが必要であると説かれている(,末廣(編著),;鎮目・近藤,)。表:アジア福祉国家の代表的類型(3)タイでの「私的な相互援助」の実態 筆者は,先行した貴財団の「奨励研究」では,次の点を明らかにした。()被験者の所得の約割に当たる−184−発表番号 88 〔中間発表〕

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