2017 旭硝子財団 助成研究発表会 要旨集
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本助成課題2年目の2016年8月18日から21日にかけては、九州の旧産炭地(長崎・大牟田)において日韓ワークショップと巡検を開催し、韓国側から5名の訪問者を得た(写真2)。 この日韓産炭地ワークショップでは、両国の産炭地再生への取り組み事例が紹介され共有され、日韓を比較の俎上に置くことの意義や、比較すべき論点などが洗い出された。日韓は、次の諸点からみて東アジア産炭地の中でもっとも近い状況にある。①衰退マネジメントのタイミングと諸政策、およびその背景にある国 際環境 ②旧産炭地が地理的に著しく不利な立地であるがゆえの地域再生への苦闘 ③技術的・経営的そして社会運動の側面からの類似性。この類似性の一部は、20世紀以降の継続的な相互交流の結果生まれたものである。以上を踏まえて日韓比較研究として取り組むべき論点として、以下の3点が当座有望である。 (1)日韓の技術的交流の経過と成果を明らかにする。これまでに通産省工業技術院やJICAが主導した韓国への技術移転プロジェクトや、 民間レベルで塵肺問題に取り組む労働運動の交流などが確認されている。しかし、より多くの交流がなされてきた痕跡 があり、それを学術的に裏付ける必要がある。(2) 衰退マネジメントの諸政策と、それに対応して行われてきた社会 運動を裏付け、比較することにより東アジアのエネルギー状況に新しい光をあてる。たとえば日本で炭労が主導した「政策転換闘争」の4年後に、韓国で「燃料政策是正闘争」が取り組まれていることは興味深い。(3) 採掘時および閉山後の地理的条件の厳しさが、地域再生への取り組みに与える影響の探索。逆に、これら課題先進地域で生み出されるイノベーションには普遍的な意義があると考えられ、政策・デザインや人材・情報の交流により、事態が改善すると期待される。以上のような可能性を秘めた炭田間比較研究は、欧州においてポピュラーに取り組まれている研究領域である(Berger, Croll and LaPorte 2005: Tenfelde 1992; Waddington et al. 2001)。ドイツや英国を中心に国際研究チームが組織され、国際会議なども活発に開催されている。これに対して、東アジア間の比較研究は全く行われておらず(台湾・韓国の石炭事情の日本語による紹介は若干存在するが、東アジア炭田全域を通じて英語での発信は皆無に近い)、日本国内における炭田間比較も我々のチームが最初に本格的に取り組んでいると言ってよい。この欠落を埋めていくことは、学術的にも、縷々述べてきた知的資源作りによるネットワーキングのためにも、必須の作業であり、今後は江原道での資料探索、アーカイビングやインタビューなどにも取り組みたい。 3.今後の展開2011年に山本作兵衛コレクションがUNESCO世界記憶遺産に登録され、2015年には三池炭田・高島炭田等を構 成資産に含む「明治日本の産業革命遺産」がUNESCO世界遺産に登録された。この結果、狭く博物館学・美術史等に止まらず、社会的に文化資源としての産炭地・石炭産業史が再評価されている。一方、2011年3月の福島第一原発事故を契機に石炭火力のシェアが高まり、改めて石炭への関心が強まる背景もある。本課題のような学問的内容に興味を持つ交流人口の潜在的市場は、10年前とは比較にならないほど大きいと見られる。このような背景から、アジアで最も日本と共通点の多い炭田としての江原道とは今後も交流を続けていくことが確認され、具体的には2018年10月に「全国石炭産業博物館等研修交流会」を韓国江原道で開催することになった(2016年の同交流会総会で基本的に承認され、2017年の同交流会には江原道からWon GiJoon氏が参加することになっている)。なお、「全国石炭産業博物館等研修交流会」とは、日本国内の主要な石炭博物館(釧路・石狩・常磐・宇部・筑豊・高島・三池など)に所属する学芸員や、関係するNPO、大学・民間の研究者などが集い、研究成果を共有するともに炭田間の相違を理解するために毎年10月、各炭田持ち回りで開催されている会合である。言うまでもなく、日韓炭田の比較による知的基盤づくりについても、「産炭地研究会」を拠点として更なる進展をはかりたい。4.参考文献[1]Stefan Berger, Andy Croll and Norman LaPorte (eds.), 2005, Towards a Comparative History of Coalfield Societies, Ashgate. [2]Klaus Tenfelde(ed.), 1992, Towards a Social History of Mining in the Nineteenth and Twentieth Centuries, Munich. [3]David Waddington, Chas Critcher, Bella Dicks and David Parry, 2001, Out of the Ashes? The Social Impact of Industrial Contraction and Regeneration on Britain's Mining Communities, The Stationary Office. 5.連絡先〒192-0393 八王子市東中野742-1 中央大学法学部 電話042-674-3149 Email nakazawa@tamacc.chuo-u.ac.jp−183−

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