2017 旭硝子財団 助成研究発表会 要旨集
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極限二次元単層ナノ物質におけるグリーンフォトニクスの開拓 京都大学エネルギー理工学研究所 教授 松田 一成 1. 研究の目的と背景 わずか原子一層からなるグラフェンの発見とその研究を契機として、原子層数層からなる極限的な二次元単層ナノ物質である原子層物質が注目を集めている。特に、バンドギャップの存在しないグラフェンに対して、ギャップを有する二次元半導体が新たなターゲットとして研究が進められている。我々は、単層遷移金属ダイカルコゲナイド(MX2;M=Mo, W, X=S, Se, Te)を中心として、その特異な半導体原子層(極限二次元)物質を舞台に、そこに強く閉じ込められた電子や正孔によって発現する新しい光物性・機能性を開拓し、光科学・物質科学の発展を目指している[1-10]。さらに、これらの研究を通して量子グリーンフォトニクスという新しい研究分野を切り開く事を目的としている。 2. 研究内容 半導体単層遷移金属ダイカルコゲナイドMX2の発光特性とバレースピン分極 ここではまず、遷移金属ダイカルコゲナイドの中で、未だその光学的性質の詳細が明らかとなっていない単層二テルル化モリブデン(MoTe2)の発光特性を調べた。単結晶からの機械剥離により単層MoTe2を基板上に作製し、その発光スペクトルを測定した。その結果低温(T<80 K)では、図1の模式図に示すような電子とホールからなる束縛状態である励起子および複数のホールと電子の束縛状態である荷電励起子(トリオン)の明確な発光ピークが観測された。さらに、極低温から室温まで(T=5-300 K)の発光スペクトルの温度依存性から励起子発光スペクトルの線幅が明確に広がる様子が観測された。発光スペクトルの線幅は、励起子のコヒーレンス(位相緩和時間)の情報を含んでおり、温度上昇とともに励起子のコヒーレンス(位相緩和時間)が短くなっていくことを表している。特に、励起子線幅は温度に対して線形に増大しており、励起子の位相緩和のメカニズムは、励起子が音響フォノンによって散乱されるプロセスによって決まっていることが明らかとなった。また、励起子発光と吸収ピークのエネルギー差がほとんどない事、さらに励起子と音響フォノン相互作用による励起子線幅の温度依存性が緩やかである事から、単層MoTe2は電子系(励起子)とフォノンの相互作用が弱い系であることがわかった。 さらに、単層遷移金属ダイカルコゲナイドMX2では、バレーとスピン自由度が結合したバレースピン分極を示し、バレースピン分極を利用した新たな光機能の発現に向けて、キャリア数の制御が必要とされる。そのため、遷移金属ダイカルコゲナイドにおいて、電子線微細加工技術とドライトランスファープロセスを利用した電界効果トランジスタ作製技術を確立することを試みた。特に、単層二セレン化タングステン(WSe2)をベースにしたホール移動度が100 cm2/Vsecを超える高い性能を有する電界効果トランジスタを作製できた。この技術を利用し、キャリア数の制御を通しクーロン遮蔽の変調を通じて、バレースピン分極がどのように変調されるかを実験的に明らかにする準備が整った。これと並行する形で、理論研究の研究者との共同研究を通じて、定量的にバレースピン分極緩和の詳細なメカニズムの理解を進め、バレー分極の制御に向けた検討を行っている。 また、この電子線微細加工技術を利用し作製した電界効果トランジスタをベースに、新しい原子層物質である硫化ゲルマニウムを利用した光検出器の作製を行った。その結果、従来の典型的な原子層物質を用いた光検出器の性能を大幅に向上する事ができた。さらに、光の偏波方向に応じた光検出の機能を引き出すなど、原子層物質の特徴を生かしながら新たな機能を持った高性能な光デバイスを作製した。 e-h+e-h+e-MXMX2(M=Mo, W, X=S, Se, Te)励起子荷電励起子(トリオン)図1 二次元遷移金属ダイカルコゲナイドの結晶構造。励起子と荷電励起子(トリオン)の模式図。 −150−発表番号 73 〔中間発表〕

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