2017 旭硝子財団 助成研究発表会 要旨集
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ナノエレクトロニクス素子としての反強磁性絶縁体における磁壁伝導の研究 東京大学大学院工学系研究科講師 小塚裕介 1. 研究の目的と背景 近年、今までとは異なるアーキテクチャに基づく、より高密度で低消費電力の情報デバイスの必要性が議論されている。それを実現する物理系として、電子スピンを情報処理・記憶媒体として用いるスピントロニクスや、電子や光子などの量子性を利用した量子コンピューターなどがあげられる。近年では強磁性体や強誘電体のドメイン壁を情報媒体として用いる、ナノエレクトロニクスが注目されている。本研究では、これまであまり注目されてこなかった反強磁性ドメイン壁を制御することを目的とする。図1に示される四面体を基調とする結晶格子とスピン構造を持つパイロクロア型Ir酸化物(Ln2Ir2O7, Ln:希土類元素)を用いる。この物質は反強磁性体であるにもかかわらず図1に示すように2つの異なるドメイン(ここではAドメイン、Bドメインと呼ぶ)を持つことが特徴であり、その磁壁が伝導性を持つことが提案されている。反強磁性体は磁気双極子が非常に小さいため通常磁場による制御が困難であるが、磁壁が極めて薄いため微小領域に情報を蓄積できる可能性があり、高密度な情報媒体へ用いることが期待できる。 図1 パイロクロア型Ir酸化物における磁壁伝導層の概念図 2. 研究内容(実験、結果と考察) パイロクロア型Ir酸化物の反強磁性ドメイン壁を制御して生成・消去するため、異なる希土類元素を持つ層を積層し、制御法の確立を試みた。ヘテロ構造の作製はパルスレーザー堆積法を用いた。この物質群はこれまで薄膜作製の報告がなかったが、申請者らは薄膜作製後に炉で焼結する固相エピタキシーの手法により、高品質なEu2Ir2O7薄膜の作製に成功した[1]。本研究では、まず磁壁を制御されたヘテロ界面に作り出すため、Eu2Ir2O7と異なる磁場や温度領域でドメイン制御が可能な物質の探索を行った。希土類元素をLn = PrからDyまで変え薄膜作製を行った。成長条件の最適化を行うことでEu2Ir2O7薄膜と同様に薄膜の作製に成功した。図2に作製した様々なLn2Ir2O7薄膜の抵抗の温度依存性を過去に報告されているバルク多結晶のデータ[2]と比べて示す。図2の比較より薄膜は過去のバルク多結晶と同様の温度依存性を示し、十分な質が確保されている。薄膜では低温領域での絶縁性がバルクに比べ弱いが、希土類とIrの組成比が少しずれることでキャリアがドープされたためと考えられる。 図2 パイロクロア型Ir酸化物の抵抗の温度依存性をバルク(左図、参考文献[2])と薄膜(右図、本実験)で比較 次に、Eu2Ir2O7薄膜とヘテロ界面を形成するのに適した材料の選定を行った。Eu2Ir2O7薄膜ではEu3+が非磁性であるため、磁場掃引によってAドメインとBドメインが反転せず、冷却磁場の極性のみで選択的にドメインが安定化できることが磁気抵抗の非対称成分から明ら −146−発表番号 71 〔中間発表〕

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