2017 旭硝子財団 助成研究発表会 要旨集
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軟X線カー効果による遷移金属酸化物薄膜の磁性研究と時間分解測定への応用 東京大学物性研究所 准教授 和達 大樹 1. 研究の目的と背景 物質科学は,物性物理学と化学の融合領域にある基礎学問として重要であるだけでなく,今後の環境にやさしい未来型の省資源社会を構築するために不可欠な学問である.現在,特に物質中の電子の性質のうちスピンを使うスピントロニクスが物性研究の大きな潮流となっているが,スピンの生み出す磁性を薄膜中で観測できる実験手法は限られている.本研究では,薄膜中の磁性測定法として軟X線を用いたカー効果測定を確立することに挑戦する.可視光でのカー効果よりも大きな効果であること,元素選択性があることなど多くの長所があるが,特に直線偏光で測定可能であるため,自由電子レーザー(FEL) を用いた時間分解測定によるダイナミクス研究につなげることを目標と定めた. 2. 研究内容(実験、結果と考察) まず,東大物性研ビームラインであるSPring-8のBL07LSU[1] で,軟X線カー効果測定システムの建設を行った[2].具体的には偏光解析用の人工多層膜とX線検出器からなる偏光解析装置である.人工多層膜は偏光解析をブルースター角付近で行うためのものであり,軟X線の場合は波長が長いため自然界にある物質の結晶では不可能である.そのため,原子番号が大きく異なる物質を組み合わせた多層膜ミラーを用いた.さらに,X線検出器としては,マイクロチャンネルプレート(MCP) を用いた.そして,強磁性のFeナノ薄膜のカー効果測定を行った.その結果FeのL端で大きなカー回転角が得られた. また,FEL施設FERMI において,時間分解軟X線カー効果測定を行った[3].フェリ磁性合金GdFeCoを赤外レーザーパルスでポンプした後,GdFeCoのFeの磁化の時間発展を,FELパルスのエネルギーをFeのM端にすることで,元素選択的に観測した.具体的にはGdFeCoの超高速磁化反転のダイナミクスの観測に成功した. 以上の結果から,スピンのダイナミクスをFELで実時間観測することが可能となった. (1)SPring-8のBL07LSUにおける軟X 線カー効果測定 図1に軟X線カー効果測定のための実験配置を示す.入射X線はs偏光(a)とp偏光(b)である.ここでは,縦カー効果の配置となっており,X線の偏光面の回転が見られカー回転角として得られる.これは,横カー効果を用いた場合は偏光の回転はなく強度の変化のみであることと対照的である. 図1 軟X線カー効果測定のための実験配置. 入射X線はs偏光(a)とp偏光(b)である. 軟X線カー効果測定は,東大物性研ビームラインであるSPring-8 BL07LSU [1]で行った.図2に,鉄ナノ薄膜(Ta/Cu/Fe/MgOヘテロ構造:30 nmの厚さのFeナノ薄膜をMgO(001)基板上にマグネトスパッタリング法で作製)の軟X線カー効果測定の結果を示す.入射X線のエネルギーはFe L3端の709 eVとL2端の722 eVである.図2に示すように,反射X線の強度依存から,鉄ナノ薄膜のカー回転角は709 eVでs偏光の時18度,p偏光の時14度であり,722 eVでs偏光の時7度,p偏光の時6度である.カー回転角はL3端とL2端で同程度の値を示し,両端で符号が異なる.さらに,s偏光とp 偏光でも符号が異なる.これは,可視光でのカー回転角よりも大きいが,s偏光とp偏光での符号の変化は共通の性質である[4]. −130−発表番号 63〔中間発表〕

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