2017 旭硝子財団 助成研究発表会 要旨集
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図2. 天然変性蛋白質が標的分子を認識する2つのメカニズム. 天然変性蛋白質による標的分子認識機構として代表的な仕組みは,構造選択機構と誘導適合機構である(図2).構造選択機構では,天然変性蛋白質は最初に特定の立体構造へとフォールディングし,そのあとに標的分子と結合する.これに対し誘導適合機構では,天然変性蛋白質が標的分子と弱く結合したあとにフォールディングする.得られた実験データを詳細に解析した結果,Myb32のN末端側の領域が構造選択機構でKIXを認識するのに対し,残りのC末端側の領域が誘導適合機構でKIXと結合することが明らかになった(図2).2つの機構が1つの分子内に共存するという結果は画期的であり,極めて興味深い.さらに,天然変性蛋白質が持つ二次構造形成能が,分子認識反応のメカニズムを決定しうることが示唆された[4]. (3) その他の天然変性蛋白質の分子認識 アデノウイルス由来E1A蛋白質が,標的蛋白質であるCBPのNCBDドメインと相互作用するときの結合様式を,NMR滴定法[5]によって詳細に解析した.その結果,病原性を持つAdV12 E1Aは,病原性を持たないAdV5 E1Aよりも,標的分子NCBDと強く結合することが示唆された[6]. 転写因子c-Junはがん原遺伝子であり,CBPのKIXドメインと相互作用することによって転写活性が促進される[7].このc-Jun蛋白質を発現・精製後,CDスペクトルやNMR法によって単独での立体構造を解析した.その結果,c-Junは二次構造をほとんど失っているが,HIV-1 Tatよりもコンパクトな分子形状を持つことが明らかになった.また,HIV-1 Tatと同様に,標的分子であるCBPのKIXドメインと結合するとαヘリックスを形成することが示唆された. (4) 変性蛋白質の立体構造ダイナミクス NMR R2緩和分散法は画期的手法であるが,変性蛋白質の構造ダイナミクスを多角的かつ詳細に測定するためには,他の新しい測定法の開発や応用も必要である.そこで筆者はこれまで,一分子蛍光計測を用いた新しい構造ダイナミクス測定法の開発と応用に関する共同研究も行っている[8].プロテインAのBドメインを尿素で変性させた状態を変性蛋白質のモデルとして用いて測定した結果,変性蛋白質は多様な構造をもち,それらの構造間を数ミリ秒以上の時間スケールで遷移するケースも観測された[9,10]. 3. 今後の展開 本研究により,天然変性蛋白質は構造選択機構と誘導適合機構の両方のメカニズムを用いて標的分子を認識しうることが示された.また,それらのメカニズムの決定因子が二次構造形成能であることが示唆された.これらの結果は,天然変性蛋白質による分子認識機構を統一的に理解する上での大きな一歩である.今後,HIV-1 Tat,c-Jun,MLLなどをはじめとするさまざまな天然変性蛋白質の分子認識機構を明らかにすることより,天然変性蛋白質による分子認識機構の統一的理解が可能になると期待される. 天然変性蛋白質の中には,がん,アルツハイマー病,パーキンソン病,狂牛病,エイズなどのさまざまな病気が関与する蛋白質が含まれている.本研究の成果は今後,これらの蛋白質が機能を発揮する仕組みの解明や,これらが関与する病気の治療法開発につながると期待される. 4. 参考文献 [1] H.J. Dyson and P.E. Wright. 2005. Nat. Rev. Mol. Cell Biol., 6(3): 197-208. [2] M. Arai, H.J. Dyson and P.E. Wright, 2010. FEBS Lett., 584(22): 4500-4504. [3] S. Shojania and J.D. O’Neil. 2006. J. Biol. Chem., 281(13): 8347-8356. [4] M. Arai, K. Sugase, H.J. Dyson and P.E. Wright, 2015. Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 112(31): 9614-9619. [5] M. Arai, J.C. Ferreon and P.E. Wright. 2012. J. Am. Chem. Soc., 134(8): 3792-3803. [6] P. Haberz, M. Arai, M.A. Martinez-Yamout, H.J. Dyson and P.E. Wright. 2016. Protein Sci., 25(12): 2256-2267. [7] A.C. Vendel and K.J. Lumb. 2003. Biochemistry, 42(4): 910-916. [8] H. Oikawa, Y. Suzuki, M. Saito, K. Kamagata, M. Arai and S. Takahashi. 2013. Scientific Reports, 3: 2151. [9] H. Oikawa, K. Kamagata, M. Arai and S. Takahashi. 2015. J.Phys. Chem. B, 119(20): 6081-6091. [10] T. Otosu, K. Ishii, H. Oikawa, M. Arai, S. Takahashi and T. Tahara. 2017. J. Phys. Chem. B in press. 5. 連絡先 〒153-8902 東京都目黒区駒場3-8-1 E-mail: arai@bio.c.u-tokyo.ac.jp−3−

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