2017 旭硝子財団 助成研究発表会 要旨集
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研究課題(和文)農業展開を念頭においた、サツマイモネコブセンチュウの感染機構の分子基盤整備熊本大学大学院自然科学研究科教授澤進一郎1.研究の目的と背景植物寄生性線虫はトマトやダイズなど、様々な作物に感染する。植物寄生性線虫よる農業被害は、世界で年間数十兆円と試算されているほど深刻な問題である。しかし、効率的な農薬もなく、抵抗性品種も十分ではなく、その対策は急務である。一方、線虫の植物感染機構は、多細胞動植物間相互作用のよいモデルとなる。このため、農業展開を視野においた生物間相互作用の基礎研究の展開が可能となる良系である。サツマイモネコブセンチュウは、植物感染時にCLEペプチドを植物側に放出し、植物細胞の形態変化を誘導する。それにより、自身の食細胞や、線虫の”部屋”を植物側に用意させることにより感染が成立する。CLE遺伝子は、植物に広く保存されているが、動物では、植物に感染する線虫のみが保持しており、遺伝子の平行移動が示唆されている。線虫はこのCLE遺伝子により植物形態を制御し、感染を成立させていると考えられているが、その詳細な分子機構は全くわかっていない。我々は、シロイヌナズナを用いて、CLEファミリーに属するCLV3ペプチドホルモンのシグナル伝達系の解析を行ってきている。今後、この研究を発展させ、さらに、シロイヌナズナにおける知見を線虫—植物間相互作用研究にも応用したいと考えている。旭硝子財団の助成により、シロイヌナズナにおける線虫感染系が確立できた。この技術を応用し、線虫の植物感染過程における分子機構の解明を行う。また、植物—動物相互作用の分子基盤を確立するために、インゲンとシロイヌナズナを利用して、植物が放出する線虫誘引(忌避)物質の同定を目指す。2.研究内容(実験、結果と考察)本研究では、植物感染性線虫の感染機構の解析を行う。その中で、①CLV3ペプチドのシグナル伝達系を中心とし、植物への線虫感染過程における分子機構の解析を目指す。また、②動植物相互作用の解明を目指し、植物から線虫に向けて放出される誘引物質(または忌避物質)の同定を目指す。2016年度は4月に地震に見舞われたが、8月頃には、ほぼ復旧し、多くの実験が再開できた。実験①では、まず、線虫感染課程におけるRNAプロファイルの変化を、RNAsequenceにより解析した。その中で、ペプチドホルモン遺伝子で、CLV3のホモログであるCLE3遺伝子をはじめ、合計4つのCLE遺伝子の発現上昇が見られることが明らかとなった。また、このなかで、cle3突然変異体を、CRISPR技術を用いて作成し、線虫感染抵抗性を調査した結果、有意な感染抵抗性を示した。さらに、CLV3の受容体として報告されており、CLE3も受容できると考えられるCLV1受容体の突然変異体の抵抗性を調査した。その結果、clv1突然変異体においても、有意な感染抵抗性を示した。CLE3は、感染した根で発現があがり、それが地上部に移動し、全身的に線虫感染シグナルを伝えていることが示唆された。全身的にシグナルを伝えていることを、さらに検証するために、スプリットルート実験を行った。一つの個体の根を二つに分け、その片方に線虫を感染させると、もう片方の根は、感染抵抗性を示す。このことは、なんらかのシグナルが、根から地上部に移動していることを示唆している。しかし、clv1突然変異体では、このスプリットルート実験による、線虫感染抵抗性は見られなかった。このことは、全身的なシグナルにCLV1遺伝子が関与することを示唆している。さらに、CLV1::GFPを用いて、発現場所を検証した結果、茎頂部分(地上部)での発現が顕著に観察された。これらのことから、CLE3が根で生産され、地上部の茎頂分裂組織で発現するCLV1がそのシグナルを受容し、さらに別シグナルを地下部に発することで、全身的なシグナルを伝えていると考えられた。来年度は、接ぎ木実験を行うことで、地上部のCLV1が重要な機能を果たしていることを検証したいと考えている。実験②では、ダイズの根を用いて、水溶性の線虫誘引物質を抽出し、さらに、線虫誘引物質の精製を進めた。まず、ダイズの種子を発根させ、3日後に、根端部分のみを水に浸して、根端部分から水溶性の線虫誘引物質を抽出した。凍結乾燥後、ダイズ水抽出物に線−118−発表番号 58 〔中間発表〕表〕

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