2017 旭硝子財団 助成研究発表会 要旨集
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天然変性蛋白質による標的分子認識機構の解明 東京大学大学院総合文化研究科 准教授 新井 宗仁 1. 研究の目的と背景 「天然変性蛋白質」は,近年発見された新しいカテゴリーの蛋白質であり,真核生物が持つ蛋白質の約3~4割を占め,転写・翻訳・シグナル伝達など重要な生命活動に関与することから,その機能発現機構の解明が重要課題となっている[1].一般に球状蛋白質は,生体内で合成されたあと,安定な立体構造へと折りたたまれる(フォールディングする).その後,標的分子等と結合し,触媒などの機能を発揮する(図1).一方,天然変性蛋白質は,生理的条件下では特定の構造を持たないが,標的分子と相互作用するという機能発現と同時にフォールディングする(図1).したがって,天然変性蛋白質による相互作用機構の全貌を解明するためには,フォールディングという物理化学的な観点からの研究が必要である.そこで本研究では,天然変性蛋白質が,標的分子と相互作用してフォールディングする反応の分子機構を,最新のフォールディング研究手法を用いて,世界最高レベルの分解能で解明することを目標とした. 代表的な天然変性蛋白質は,ヒトやマウスなどが持つpKID,c-Myb,MLL,c-Jun等の転写因子であり[1,2],白血病やがんなどの疾患と密接に関係している.これらの転写因子は,転写コアクチベータCBPのKIXドメインを標的分子として結合する.また,ウイルスが持つ蛋白質にも天然変性蛋白質が多く,ヒト免疫不全ウイルス1型(HIV-1)の転写活性化因子であるTat蛋白質や[3],アデノウイルスのE1A蛋白質などがその代表例である.HIV-1由来Tatは,ウイルスRNAのTAR領域や,ヒトの転写コアクチベータCBPのKIXドメインなどに結合する.これらの相互作用はHIV-1遺伝子の転写に必須であり,エイズ治療薬開発のターゲットである.同様に,E1AはCBPのNCBDドメインなどに結合する.しかし,これらの天然変性蛋白質と標的分子との結合様式や標的分子認識機構は未解明である. そこで本研究では,代表的な天然変性蛋白質であるHIV-1 Tatやc-Mybなどをモデル蛋白質として用い,それらがそれぞれの標的分子と相互作用してフォールディングする反応の分子機構を,最新のフォールディング研究手法であるNMR R2緩和分散法によって解明することを目的として研究を行った.R2緩和分散法は,マイクロ秒の時間分解能と,アミノ酸レベルの空間分解能で,反応速度や中間体の構造を一挙に解明できる画期的なNMR法であり,世界最高レベルの分解能で天然変性蛋白質による標的分子認識機構を解明できると期待される. 図1. 球状蛋白質と天然変性蛋白質の比較. 2. 研究内容 (1) HIV-1 TatとCBP KIXとの相互作用 HIV-1由来Tatはきわめて凝集しやすく,取扱いが困難であった.しかし様々な条件検討の結果,凝集を防ぎ,かつ,生理的条件下(中性pHで亜鉛を結合した状態)におけるTatを得ることに成功した.そこで,Tatの構造特性を円二色性(CD)スペクトル,一次元NMR法,および,X線溶液散乱法などを用いて多角的に測定した結果,Tat単独ではαヘリックスなどの二次構造をほとんど形成していないが,分子サイズは完全変性状態よりもコンパクトであり,モルテン・グロビュール状態様の構造特性を持つことが明らかになった.生理的条件下におけるTat単独の立体構造解析はこれが世界初である.さらに,Tatの立体構造のpH依存性や,亜鉛結合による影響などについても明らかにした. 次に,HIV-1 Tatと転写コアクチベータCBPのKIXドメインとの相互作用をCDスペクトルで測定した結果,Tat-KIX結合によってαヘリックス状の構造形成が誘起されることが示唆された. (2) c-MybとCBP KIXとの相互作用 c-MybのKIX結合領域のみの蛋白質断片Myb32を用い,c-Myb単独での立体構造を解析した.その結果,Myb32のN末端側は不安定なαヘリックスを形成していたのに対し,C末端側は変性状態様の構造をとることが示された.次に,NMR R2緩和分散法による測定を行い,Myb32によるKIX認識機構を,アミノ酸残基レベルの空間分解能とマイクロ秒の時間分解能で解析した. −2−発表番号 1〔中間発表〕

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