2017 旭硝子財団 助成研究発表会 要旨集
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実験池を利用したトゲウオの適応放散の再現実験 国立遺伝学研究所生態遺伝学研究部門教授 北野潤 1. 研究の目的と背景 空きニッチへの進出は、その後の適応放散を誘導しうる(Schluter 2000)。しかし、すべての分類群が等しく生態的機会を利用出来る訳ではない。例えば、火山活動によって新たに形成されたガラパゴス諸島にダーウィンフィンチが進出し適応放散を遂げた例は有名であるが、その近縁のマネシツグミは適応放散できなかった。このような適応放散出来る分類群とできない(あるいは、できなかった)分類群の違いは何であろうか?適応放散は、生物多様性を生み出す主要な機構の一つであり、この問いに答えることは生物多様性の進化の理解にとって極めて重要な課題である。 分散能力の違いや地理的にアクセスしやすいところに分布していたか否かという要因に加えて、資源の利用を可能にする鍵形質の有無、つまり、新規の資源利用能力の違いも重要である(Losos 2010)。しかし、鍵形質が進化する遺伝基盤は不明である。 トゲウオ科魚類は、祖先型の海産イトヨが淡水域に侵出したことによって著しい多様化を遂げたことから、適応放散研究の格好のモデルである(Bell and Foster 1994)。日本産イトヨには、淡水侵出に成功し多様化を遂げた系統(太平洋型イトヨ)と淡水に侵出することなく表現型の均一な系統(日本海型ニホンイトヨ)とが存在する(Kitano et al. 2007, 2009; Cassidy et al. 2013; Ravinet et al. 2014) (図1)。 申請者らは、日本海の死亡率は、海産生物を含有しない純淡水餌を投与した場合に著しく上昇することを明らかにした。また、海産生物を含有しない純淡水餌のみを与えた個体について、ある多価不飽和脂肪酸の含有量を計測すると、日本海型では太平洋型よりも有意に低いことが明らかになった。純淡水餌は、多価不飽和脂肪酸の量が少ないことから、日本海型は多価不飽和脂肪酸を合成する能力が低いことが示唆された。海の餌には豊富な多価不飽和脂肪酸が含まれている一方で、淡水の餌には多価不飽和脂肪酸があまり含まれていないことから、淡水侵出時にはリノール酸などから多価不飽和脂肪酸を合成することが生存に必須であると推定された。 本研究では、太平洋型イトヨの淡水侵出を可能にした遺伝基盤を解明することを通して、トゲウオの適応放散を可能にした鍵革新の遺伝基盤、外来侵略性の遺伝基盤を解明する。 2. 研究内容(実験、結果と考察) まず、全ゲノム配列(Yoshida et al. 2014)を比較することで、多価不飽和脂肪酸の合成酵素のある遺伝子のコピー数に変異があることを見出した。このコピー数は太平洋型で高く、多価不飽和脂肪酸合成能力の高さを説明できるこものと考えられた。実際、この酵素をトランスジェニックで日本海型に強制発現させたところ、多価不飽和脂肪酸合成能力に加えて、淡水餌飼育下での生存率も上昇した。 その後、複数の集団で定量PCR法にてコピー数の比較解析を実施した結果、北米やヨーロッパでも、淡水河川に進出したイトヨ集団の一部では、多価不飽和脂肪酸の合成酵素のコピー数が上昇していることを見出した。これは、この酵素が淡水進出において極めて重要な役割を果たすことを示している。 当該遺伝子の淡水進出における役割を半野外で解析するために、遺伝研所内に淡水湧水池を2基設置した。表面積は3 m x 5 mで、水深は30cmから1.5mまで5つの段差を作った。まず、この池内に自然発生した無脊椎動物を回収し、脂肪酸分析を行ったところ、多価不飽和脂肪酸が含まれていないことを確認した。 図1日本産イトヨの系統樹(Cassidy et al. 2013 Evol Ecol Res)。上が太平洋系統、下が日本海系統。星印付き緑は淡水型イトヨを示す。淡水進出は、太平洋系統のみで起こった。 −104−発表番号 51

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