2017 旭硝子財団 助成研究発表会 要旨集
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次世代眼内レンズへ応用可能な屈折率分布をもつ革新的ゲル素材の創出 山形大学大学院理工学研究科助教 宮瑾 1. 研究の目的と背景 形状記憶ゲルは1990年代に開発された,人工筋肉やロボットへの応用が期待される夢の新素材である[1].しかし,従来の形状記憶ゲルは白濁して不透明であり,割れやすく脆弱だった.原因はゲルの内部構造の不均一性である.ゲル合成中に不溶成分が生じると不均質化が進み,不均一性がゲル内部に永久に固定されるため,ゲルは不透明で割れやすかった[2].申請者は,水やエタノールなどの溶媒を使わない合成法で不均質化を回避し,内部が均一で透明な形状記憶ゲルの開発に成功した[3-5].この新素材をTSMゲル(TransparencySwitchingShapeMemoryGel)と名付けた.TSMゲルは低温では塑性を示すが,加熱すると弾性を回復し,素早く元の形に戻る.約50%の含水率で高い透明性を持ちながら,生体軟骨より強く,大気圧の200倍以上の圧縮に耐えられる.丈夫なTSMゲルに高透明性を持たせることに成功したため,光学素子にTSMゲルを使い始めた.眼内レンズは,白内障手術で水晶体を摘出した時に挿入する人工の水晶体である.手術では,角膜に小さな穴を空け,眼内レンズを挿入するため,小さく折り畳めるスマート機能が不可欠である.透明なTSMゲルを活用し,図1に示す小さく折り畳めるソフトなゲル眼内レンズを試作した.レンズが形状記憶特性で自動的に広がるので,目にほとんど負担のかからない処置が可能になり,手術を飛躍的に簡単にできるようになる. 図1.水晶体の構造.核の屈折率(n)が高く約1.42で,皮質のnが低く約1.38である.白内障の治療は,手術によって濁った水晶体を取り除き,眼内レンズを挿入する方法が一般的に行われている.術後には,水晶体嚢と直接つながっているチン氏帯は,元々もっていた調節の働きが失われ,眼内レンズに元々の水晶体のような調節機能を付加することが非常に困難である.申請者は,眼内レンズに焦点調節機能を付与するには,実際の水晶体の構造を模倣することを提案する.水晶体は,形状はレンズ豆状の形をしており,中心の核部分からから外側の皮質部分にいくにつれて,徐々に屈折率が低くなっていく構造をしている(図1).本研究では,水晶体と同じような屈折率分布構造をもつレンズを作成するため,まず屈折率の異なる透明ゲルを開発する.次に,これらのゲルを用いて屈折率分布をもつ透明ゲルレンズを作製する. 2. 研究内容(実験、結果と考察) ヒトの水晶体の屈折率は中央の核部分が1.42ほど,皮質部分は1.38ほどである.水の屈折率1.33〜1.34に比べると高い屈折率になっている.レンズに用いるゲルは屈折率1.35〜1.50が望ましい.本研究では,まず屈折率1.38〜1.47の透明ゲルを開発する.次にゲルの最大の特徴である膨潤特性を活用した,申請者が独自に名付けた「膨潤重合法」により,屈折率分布をもつゲルの開発に挑戦する.さらに,独自の重合と同時に結晶化過程を制御する技術により,可視光の波長より小さい結晶を形成させ,ゲルの高透明性かつ強靭性を実現する.(1)屈折率の異なる透明ゲルの開発屈折率の異なる透明ゲルのモノマーには親水性モノマーM1,疎水性モノマーM2とM3が用いられる.ゲルの作製方法は,2枚のガラス板の間にシリコンスペーサーを挟んだ型に,M1,M2,M3及び架橋剤と重合開始剤を加えたゲル溶液を流し込み,パラフィルムで導入口を閉じた後,UVランプ(中心波長360nm,20W)を用いて約20時間照射する.この工程によりモノマーをラジカル重合させ,架橋剤で架橋・ゲル化させる.作製したゲルはM1とM2とM3の比率をを3:1:0から3:0.9:0.1,3:0.8:0.2,…3:0:1まで変化させた.架橋剤の量を全モノマーに対して0.05mol%,重合開始剤の量を全モノマーに対して0.01mol%とした.開発したゲルの力学特性は引張試験により評価した.引張り試験のS-S曲線を図2に示す.図2によると,モ顔写真25mm×30mm程度−90−発表番号 44〔中間発表〕

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